2019年12月11日水曜日

快適さは“ゆらぎ”の中にある

日本の大部分の地域では、気温も湿度も高くなる夏は亜熱帯並に暑く感じ、シベリヤ気団の影響を受ける冬は寒帯並みに寒く感じます。そして長い歴史の中で、いかに夏を涼しく、そして冬を暖かく過ごすか、知恵を巡らし工夫をこらしてきました。そしてそれは日本特有の文化にも大きな影響を与えてきました。
近年、空調技術の発達により、そんな面倒な工夫をしなくても、エアコンで直接室温や湿度をコントロールできるようになりました。室内においては人工的に「暑くも寒くもない」環境をつくり出すことができるようになったのです。そして、「省エネ」と言いながら、24時間、1年中機械による空調を前提とした住宅が増えてきました。はたして快適さはどうなんでしょうか。

夏、日差しの照り付ける暑い外からエアコンの効いた室内に入ったとき、涼しくて気持ちがいいと感じます。しかし、しばらくして慣れてくるとなんとなく暑く感じてきて、エアコンの設定温度を下げたくなります。こんな事を繰り返しながら、ついつい過剰に室温を下げてしまうのはなぜでしょうか。その答えを、ある環境心理学のセミナーで聞いた事があります。
熱かった皮膚の表面温度が室温に合わせて徐々に下がっていく、その「過程」を人は「気持ち良い」と感じるのだそうです。やがてそれらが落ち着いてくると厭きてしまい、再び変化を求めて室温を下げたくなります。そしてこの繰り返し…。したがって「理想的な室温や湿度、風速を維持することができれば、人は快適に感じるか」というと、どうもそうではないらしく、適度な変化があった方が快適さを実感できるのだそうです。
ヒートショックを起こすほどの不快で急激な変化は避けなくてはなりませんし、部屋の利用目的、住む人の体質や持病、好み、さらには自然観や教育観などの考え方も考慮しなくてはなりません。しかし、快適さのためには自然の持つゆらぎや季節感、「夏、暑すぎず、冬、寒すぎない」くらいの適度な変化はむしろ必要と言えるでしょう。つまり、「快適さは“ゆらぎ”の中にある」ということだと思います。

快適さだけではありません。適応力や体力をつけ、感性や情緒を育み、躾の面でも忍耐力や知恵をつけるためにも、昔ながらの知恵と工夫を取り入れることで、なるべく人工的な設備に頼らない生活文化を大切にしていきたいものです。
                                     
住宅設計士 中島桂一著「家づくりの 本当はどうなの?」より)