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2019年12月11日水曜日

快適さは“ゆらぎ”の中にある

日本の大部分の地域では、気温も湿度も高くなる夏は亜熱帯並に暑く感じ、シベリヤ気団の影響を受ける冬は寒帯並みに寒く感じます。そして長い歴史の中で、いかに夏を涼しく、そして冬を暖かく過ごすか、知恵を巡らし工夫をこらしてきました。そしてそれは日本特有の文化にも大きな影響を与えてきました。
近年、空調技術の発達により、そんな面倒な工夫をしなくても、エアコンで直接室温や湿度をコントロールできるようになりました。室内においては人工的に「暑くも寒くもない」環境をつくり出すことができるようになったのです。そして、「省エネ」と言いながら、24時間、1年中機械による空調を前提とした住宅が増えてきました。はたして快適さはどうなんでしょうか。

夏、日差しの照り付ける暑い外からエアコンの効いた室内に入ったとき、涼しくて気持ちがいいと感じます。しかし、しばらくして慣れてくるとなんとなく暑く感じてきて、エアコンの設定温度を下げたくなります。こんな事を繰り返しながら、ついつい過剰に室温を下げてしまうのはなぜでしょうか。その答えを、ある環境心理学のセミナーで聞いた事があります。
熱かった皮膚の表面温度が室温に合わせて徐々に下がっていく、その「過程」を人は「気持ち良い」と感じるのだそうです。やがてそれらが落ち着いてくると厭きてしまい、再び変化を求めて室温を下げたくなります。そしてこの繰り返し…。したがって「理想的な室温や湿度、風速を維持することができれば、人は快適に感じるか」というと、どうもそうではないらしく、適度な変化があった方が快適さを実感できるのだそうです。
ヒートショックを起こすほどの不快で急激な変化は避けなくてはなりませんし、部屋の利用目的、住む人の体質や持病、好み、さらには自然観や教育観などの考え方も考慮しなくてはなりません。しかし、快適さのためには自然の持つゆらぎや季節感、「夏、暑すぎず、冬、寒すぎない」くらいの適度な変化はむしろ必要と言えるでしょう。つまり、「快適さは“ゆらぎ”の中にある」ということだと思います。

快適さだけではありません。適応力や体力をつけ、感性や情緒を育み、躾の面でも忍耐力や知恵をつけるためにも、昔ながらの知恵と工夫を取り入れることで、なるべく人工的な設備に頼らない生活文化を大切にしていきたいものです。
                                     
(住宅設計士 中島桂一著「家づくりの 本当はどうなの?」より)


2019年11月2日土曜日

「薪スト-ブのメリット・デメリット」

 早いもので11月に入りました。今年も残り少なくなってきましたね…
 日中は日が射すと暖かいですが、さすがに朝晩は寒くなり、当社のロビ-も薪スト-ブを使い始めました。



 最近人気のある薪スト-ブですが、メリット、デメリットがいろいろあります。以前まとめた記事がありますので、興味のある方はぜひご覧ください!
 薪スト-ブは本体と工事費でかなり高額になり、設置したものの手間がかかり、使い続けるのも、予想より大変かもしれません…購入する前によく考えて選ぶことをおすすめします。

*以前の記事はこちらです→「薪スト-ブのメリット・デメリット」

2019年8月19日月曜日

「たちまちできちゃったけど あんなので大丈夫なんかねー?」

さて、隣近所で工事が始まったかと思うとたちまち家が出現する、という光景を目にしたことがあると思います。そして「たちまちできちゃったけど、あんなので大丈夫なんかねー」と噂になります。

 大工さんが建て前をしてから半年近くかけて家を作っていた時代を経験している世代にとっては、あまり工期が短いと「何か手抜きをしているのではないか」とか、「仕事が雑なのではないか」などと心配になるのは無理もありません。しかし、「たちまちできちゃった家」の問題点は、もっと他のところにあるのです…

*コラムの続きはこちらをご覧ください!

→「たちまちできちゃったけど あんなので大丈夫なんかねー?」



2019年8月1日木曜日

「たちまちできちゃったけど あんなので大丈夫なんかね-?」

隣近所で工事が始まったかと思うとたちまち家が出現する、という光景を目にしたことがあると思います。そして「たちまちできちゃったけど、あんなので大丈夫なんかねー」と噂になります。
大工さんが建て前をしてから半年近くかけて家を作っていた時代を経験している世代にとっては、あまり工期が短いと「何か手抜きをしているのではないか」とか、「仕事が雑なのではないか」などと心配になるのは無理もありません。しかし、「たちまちできちゃった家」の問題点は、もっと他のところにあるのです…

 一般的に家づくりというと、現場で職人さんがトンカンと工事しているイメージが浮かびます。だから家の良し悪しは大工さんの腕で決まる、となんとなく考えられてきました。実はそこに落とし穴があります。
どんなプロジェクトにも計画(PLAN)と実行(DO)があるように、「家づくりというプロジェクト」にも、「設計」と「施工」があります。設計は「何を作るか」を決める作業です。施工は「どうやって作るか」を進める作業です。大工さんが活躍するのは「どうやって作るか」の一部分なのです。

 どんな土地にどんな人が住むかを調査した後、要望をお聞きし、それを基にたたき台のプランを考えて提出。そこで問題点を検討するところから設計打合せがスタートします。間取り、概算見積、窓や収納、内外装、設備などの詳細打合せ、詳細見積、予算調整、と何度も行きつ戻りつを繰り返した後、ようやく契約に至ります。そして役所等への申請。と、ここまでが設計段階です。そして、施工段階、引渡しへと続きます。「何を作るか」、つまりどんな家ができるかは、設計段階で決まってしまうのです。
もしも、設計打合せ期間を十分に確保し、その分施工期間を「ムリ、ムラ、ムダ」のない合理的なシステムによって短縮することでプロジェクト全体の工期を抑えるのなら、住む人にとってメリットがあると言えます。つまり「設計は念入りに、施工は合理的に」ということです。
しかし、実際は現場工期が極端に短い場合は、設計期間も短い場合がほとんどです。法令、地盤調査→家族構成と要望の聞き出し→プラン提出、とここまではさほど問題はないのですが、そこから、プランと同時に見積提出、一足飛びに契約→施工へと行ってしまうのです。肝心な設計打合せがそっくり抜け落ちているのが最大の問題点です。「キッチンのタイプやクロスの色を選ぶくらいしか打合せが無かった」という話もよく聞きます。

 工法、工期など「どうやって作るか」ばかりに気をとられ、肝心の「何を作るか」がほとんど論じられることなく、「理解」も「納得」も無いまま、「あれよあれよ」という間に家が出来上がってしまうのです。
「数千万をかけてクロスの色を選んだだけか」「これが本当に自分の家なのか」「自分のお金で『誰かの家』を作ってしまったのではないか」「これから一生、この『誰かの家』に自分が住むのか」
結局、「家づくりなんてこんなものさ」「仕方なかったんだ」という諦めの気持ちで一生その家に住むことになるのです。はたしてこれが、望んでいた結末でしょうか。

 現代の家づくりの場合、「何を作るか」はほとんど計画段階で決められ、現場では設計図通りに作ることが求められます。だからこそ、設計に十分な時間をかけ、自分や家族の将来のために理解納得の計画を練ることが、家づくり成功の鍵なのです。            

        住宅設計士 中島桂一著 「家づくりの本当はどうなの?」より 



*本の詳細はこちらのペ-ジをご覧ください→住宅設計士 中島桂一著「家づくりの 本当はどうなの?」


2019年5月24日金曜日

  

 「令和」が始まってもう1ヶ月近くが経ち、新元号もだいぶ生活に馴染んできましたね。平成がすっかり過去のことのように感じます。
 「麗しい平和」の時代になりますように。新しい時代もどうぞよろしくお願い申し上げます。



「今が建て時です!」と言うけれど…    
住宅設計士 中島桂一 
 
 広告や営業マンはさかんに「今が建て時です!」とはやしたてます。本当に「今」「そこに」家を建ててしまってよいのでしょうか?

「今」で良いのか
家をつくるタイミングというのは非常に難しいものです。しかも一生に一度しか使えない切り札のようなものです。家族の年齢や社会的な立場、世代間の力のバランスや交代の時期、結婚、子育て、教育、退職、親の介護、老後…。 時間の経過や節目節目で状況はめまぐるしく変わっていきます。
時には将来の見通しがつかず、動きが取れない、あるいは動かない方が良いという時期もあるかもしれません。一方で、機会を逸すると後で非常に建てにくくなるということもあります。「切り札」をいつ切るか、悩むところです。
ともすると、子供が入学するからとか、ローンの金利が安いからとか、増税前に駆け込むなどの「きっかけ」だけで、先走ってしまいがちです。確かに重い腰を上げるためには「きっかけ」も大切ですが、もっと重要な「目的」を見失わないでください。「ナンデ」家を建てるかだけでなく、「何のために」家を建てるかということです。ご自身や家族がこれからもずっと仲良く、健康的に暮らしていくため、「今こそそれにふさわしい生活環境を構築する時かどうか」を見極めることです。

「ここ」で良いのか
家を建てる場所も、同じくらい難しい場合があります。
「ご主人の実家に同居でうまくやれるだろうか」、「奥様のご両親の土地に建てたとして、将来自分の親の面倒は誰がみることになるのだろうか」、「もしかしたらこのままアパートに住む方が良いという可能性はどうなのだろうか」、「住みたい場所に土地と家の両方は無理だが、中古住宅を購入して改築したらもしかして…」などなど。
住む土地が違えば環境も違います。人生も全く違うものになるかもしれません。家族や家族を取り巻く自然や社会との関係を中心に「いつ、どこに」を考えることが大切です。身内だけでは話しにくいこともあるかもしれません。専門家を交え、将来を見据え、慎重に検討または確認する必要があります。                            (中島桂一著「家づくりの 本当はどうなの?」より)



 昨年11月に社長の中島桂一が「家づくりの 本当はどうなの?」というタイトルで本を出版致しました。30年以上住宅の設計と施工業務に関わってきた経験から、お客様との打合せの中でよく話題に上がる「家づくりの意外な真実」の一部を取り上げた内容となっております。
これから新築やリフォ-ムをお考えの方に、興味のあるところだけでも読んでいただき、家づくりの入門書、手引書としてお役立ていただければ幸いです。
 詳細はこちらのペ-ジをご覧ください→住宅設計士 中島桂一著「家づくりの 本当はどうなの?」



2018年12月28日金曜日

住宅設計士 中島桂一著「家づくりの 本当はどうなの?」

 11月に「家づくりの 本当はどうなの?」という本を出版致しました。本書では、30年以上住宅の設計と施工業務に関わってきた経験から、お客様との打合せの中でよく話題に上がる「家づくりの意外な真実」の一部を取り上げています。





~はじめに~
「楽しいはずの家づくり… でも意外にブルー?」
住宅設計士 中島桂一

 一生に一度の家づくり。誰しも失敗しないようによく考えて作りたいと思うのではないでしょうか。 しかし、何をどのように考えていけば良いのか、途方に暮れてしまう方もいらっしゃると思います。お金のこと、間取りのこと、家の技術的なこと、面倒くさそうな手続きのこと、業者選びやつきあい、家族の意見の調整、スケジュール、子供の学校や引越しのこと…。
勉強しようと思っても、世間には業者(最近では関係省庁まで)による我田引水的な情報ばかりが氾濫し、本当のことが見えにくくなっています。メディアも、視聴率や発行部数を稼ぐために、変わった情報、珍しい物、極端な事例ばかりを取り上げます。

 これから家を作ろうとしている人の「戸惑い」や、私のような一部の業界人が感じている「違和感」を無視するように、世の中の風潮はどんどん変わっていくように見えます。バリアーフリーだ、耐震性能だ、シックハウスだ、省エネだ、と時代と共に右へ倣え、十把一絡げで事が進んでいきます。楽しいはずの家づくりなのに、まるでマリッジブルーのように憂鬱に感じる人もいるかもしれません。
 しかし、他人に必要なものと自分にとって必要なものは同じとは限りません。また、どんなものにもメリットがあればデメリットもあります。大切なことと枝葉末節のこと、自分でなければわからない事と人に任せられること…。本当はどうなの? 何でそうなの? 氾濫する情報に流されず、落ち着いて、自分で確かめて判断する必要があります。

 目新しい物、フォトジェニックな家(最近では“インスタ映え”なんて言うらしいです)を追いかける表面的な楽しみを卒業し、憂鬱な心配ともお別れして、地に足の着いた楽しい家づくりにお役立ていただければ幸いです。自分やご家族の、これからの暮らしに必要な「大切な何か」を間違えないために。

*本書の内容をご紹介します。
こちらのペ-ジをご覧ください→「家づくりの 本当はどうなの?」

2018年7月25日水曜日

「私が我慢すればいいんだから」?

 厳しい暑さが続いておりますが、皆様、体調は大丈夫でしょうか?
今週末には台風も近づいてきますね…自然災害の恐ろしさを身近に感じる今日この頃、何とかこの夏を無事に乗り切りたいものです。くれぐれもご自愛くださいませ。
 


  設計打合せの途中で、家族間の意見がぶつかった時、「私が我慢すれば良いのだから」と、簡単に諦めてしまう人がいます。家族のためを思っての、さらには設計士の頭を悩ませては申し訳ないとの善意が言葉に出るのだと思います。しかし、住宅の計画におけるこの一見優しい譲歩は、やがて「私」だけでなく、「家族全員」に我慢を強いることになりかねません。

住宅は1年365日、ほとんど一生を暮らす所です。一時的な我慢なら何とかなったとしても、10年、20年、あるいは死ぬまで続く我慢となると、どんな聖人君主でもキビシイことでしょう。
私達人間には、暑さ寒さなど、自然的環境の我慢には、ある程度の適応力があるようです。しかし「人間関係」や「使い勝手」等の社会的環境の我慢は、適応が難しい場合が多いようです。

自分や家族の暮らしに合わない家。家族の想いを何もわかってくれない家。日々の生活の中、逃げ場のないストレスから、自分を責めたり、夫(妻)や子供、同居の親を攻撃したり。やがて体や心の健康が蝕まれ、病気や家庭不和になった場合には、家族みんなが苦しむことになってしまいます。

住宅は家族にとって「最後の砦」。ここで安心と安全が確保できなければ、後がありません。遠慮せず、あきらめず、誰も我慢しなくて済むように。むしろ「してやったり!」と思える家を、粘り強く計画しましょう。
新しい住まいが、日々の暮らしの中で暖かく家族を守り、いざという時にも自分の味方になってくれますように。

住宅設計士 中島桂一



2018年5月1日火曜日

人は空冷式?

この時期、夏のように暑かったり、肌寒い日があったりと、寒暖差が激しいですね…伊勢崎、館林は全国の最高気温を観測しています。くれぐれも体調に気をつけて、楽しいゴ-ルデンウィ-クをお過ごしください!

 今回は体感温度のお話です。体で感じる温度(体感温度)には、気温や日照だけでなく、湿度や風(気流)も関係しています。
気温が同じ30度であっても、空気が乾燥していてカラッとした天気の日よりも、湿度が高くジメジメした日の方が、より暑く感じます。
湿度が変化するだけで体感温度は大きく変わります。湿度が高い方が温度が伝わりやすくなるからです。特に気温が23度を超えたあたりから急に影響が出るそうです。

昔から住宅の材料として使われてきた木や紙、土などには、湿度変化の波をおだやかにする働きがあることが知られるようになってきました。
湿度を調節する働きは、湿度の高い日本の夏を衛生的で快適に過ごすためにはとても大切です。太平洋側の地域では、冬の過度な乾燥を抑えることによってインフルエンザウイルスの繁殖を抑える効果が有ります。

人間は主に皮膚表面の汗の気化熱によって体を冷やしています。気温が体温より高くても放熱できるのはそのためです。(犬などは体温調整のための汗腺が鼻の頭や足の裏にしかないので夏には弱く、地面を掘って冷たい土に腹を直接付けて冷やす光景をよく見かけます。)

当社の番犬、ビ-グル犬チャッピ-。暑い日には地面に腹ばいになっています。
「お腹が冷たくて気持ちがいいよ~」

効率よく気化熱を奪うためには空気の流れが必要です。風速が1m早くなる毎に約1度ほど体感温度が下がります。このため、夏は窓を開けて風を入れたり扇風機を回すことで涼をとります。冬は逆で、わずかなすきま風さえも寒く感じて防ごうとします。
かつて、アリゾナの砂漠で気温50度の世界を体験したことがあります。乾いた熱風が強く吹き付ける中、宿のプールに飛び込んだのは良かったのですが、出ると水がまるでアルコールのようにいっきに蒸発し、体が乾くまでの数秒間はスーッとして震えるほど寒かったのを覚えています。

気温50度を体感したアリゾナの砂漠(1990年6月)

夏、うっすらと汗ばんだところへ風が吹いてきた時の気持ち良さや、風を利用して涼しくする(感じる)ためのヨシズやすだれ、打ち水、風鈴などの工夫は、ストレス解消や情緒の安定、感性の発達といった心の面、さらには日本文化の醸成にも影響しています。
風通しの良い環境は、暑い時期に体を冷やし、家の中に溜まった熱気や湿度を外へ逃がす働きをすることで、健康だけでなく衛生面、経済面でも重要です。

住宅設計士 中島桂一

2018年3月13日火曜日

カッコよくて高性能ならいい家?

 寒暖の差が激しいですね…季節の変わり目、くれぐれもご自愛ください。
 家を新築して引越しをされる方も、この年度替りの時期に多いことと思います。

 これから家づくりをお考えの誰もが、「いい家を建てたい」と望んでいます。ところで、「いい家」というのは、具体的にはどんな家のことなのでしょうか。

²  柱や梁が太くて頑丈そうだ。 しかも総桧造りだし。
²  広くて部屋数もたくさん。設備も充実していて余裕ね。
²  デザインが素敵!
²  大工さんの腕がすばらしい。
²  耐震性能が良いから、地震が来ても安心だ。
²  高断熱高気密に太陽光発電。とっても省エネなんだ。
²  自然素材や県産材にこだわり、健康的でエコなんだぜ。
:
たしかにこれらは良い住宅の条件のひとつかもしれません。
しかし、もし、これらの条件を「本」に例えるなら、紙質が良いとか製本がしっかりしている、表紙のデザインが良い、活字が大きくて読みやすい、出版社が地元だ、匂いの少ないエコインクを使った…といった部類の話です。
通常の意味で「良い本」とは、そこに書かれている内容が良いということだと思います。つまり、ストーリーが感動的であるとか、自分の悩みに的確に答えてくれているとか、大切なことを教えてくれているなどなど…
住宅ならば、その家で「家族が幸せに暮らせるか」ということだと思います。

いくら高級な材料を使い、近代的で便利な設備を備えた広くてかっこいい住宅でも、陽当たりや風通しが悪くて健康を害したり、使い勝手が悪くてストレスがたまったり、落ち着ける場所がなくてイライラが募ったり、コミュニケーションが取りづらくて家族がバラバラになってしまうような環境であったとしたなら、それは悪い住宅です。むしろ、あちこちにガタがきているような古い家であっても、そこから立派に巣立った子供達が、盆や正月には孫を連れて里帰りしてくるような「田舎の実家」の方が、はるかに良い家だといえるでしょう。
 自分や家族を本当の意味で大切にしてくれる家。つまり、幸せな家庭生活を営むためにふさわしい環境をつくり出してくれる家が、「いい家」であると言えます。
                          住宅設計士 中島桂一



2018年2月26日月曜日

「薪スト-ブのメリット・デメリット①」

 最近若い世代に人気があるという薪スト-ブ。テレビの話題にも取り上げられることが増えました。

 当社では冬の間はもちろん、春先まで薪スト-ブが大活躍しています。薪ストーブに憧れる人はとても多いようですが、薪ストーブと30年以上付き合ってきた体験から、メリットとデメリットを検証してみます。




 初めにメリットについてです。

まず着火についてですが、薪と焚付けさえあれば意外に簡単です。変な臭いもなく、機械音がしなくて静かです。電源が不要なので、東日本大震災後の計画停電でも全く心配がありませんでした。当社ロビーの場合は、煙突が真直ぐ屋根に抜けていることと、よく乾いた薪を燃やしていることで、煙突掃除も5年に一度で問題なく使えています(あくまで当社の場合ですが)。

なんと言っても暖かさがじんわり、ほんわかとしていてとても楽です。はじめは炎の輻射熱で体と壁、床、天井を暖め、しだいに室温が上昇してきます。遠赤外線効果で温泉のように暖まり、少しくらいの風邪なら治ることもあります。

炎のゆらぎによる癒し効果も魅力です。さらに照明を暗くすれば、微妙な話もしやすいロマンチックな雰囲気に。暖かさと光に吸い寄せられるように家族(や猫)が集まってきます。団らんの核とも言える求心力、家族に秘密は生まれないかもしれません。

また薪を運び、ストーブにくべて火をつける作業は、楽しくて適度な体と頭の運動になります。子供も知恵がつくことでしょう。私の両親は、自分で動ける間はファンヒーターには目もくれずに薪を燃やしていました。




次にデメリットについて。こちらのペ-ジをご覧ください。→「薪スト-ブのメリット・デメリット②」


2018年1月31日水曜日

「薪スト-ブのメリット・デメリット②」

次に、デメリットについてです。

 本場ヨーロッパや北米の製品は高価です。さらに煙突工事や床、壁の防火対策に本体と同じくらいかそれ以上にお金がかかります。安く済ませようとして石油ストーブの煙突を転用したところ、危うく火災になりそうになったという話も聞いたことがあります。また、煙突に曲がりや横引きができてしまう場合は、うまく燃えないこともあり、煙突掃除の頻度も増えることになります。
灰は頻繁に捨てる必要があります。役所のごみ収集には出せないので、捨て場所も考える必要があるでしょう。一度設置したら動かせませんし、夏も場所をとります。

しかし、何と言っても薪の入手がカギになります。販売、施工した業者で用意してくれれば良いのですが、なかなか安定的に供給するのは難しいようです。薪の入手方法によっては燃料代が安くも高くもなります。安く入手するには、基本的に自分で薪運び、切断と薪割り、薪積みの作業をすることを覚悟しなければなりません。薪の保管が悪いとシロアリの巣になってしまいます。




 薪を家の中に運び込むときは、ゴミやほこりだけでなく、冬眠中のゴキブリやムカデがくっついてくる場合もあります。トゲが刺さるし、ススで手が黒くなるし、やけどにも注意が必要です。服が汚れるので、普段着は作業服かアウトドアっぽい服にならざるを得ません。
慣れれば着火はさほど難しくないといっても、ボタンひとつというわけにはいきません。タイマー運転もできません。部屋全体を暖めるのには少し時間がかかるし、火力の調節や薪の焚べ足しはもちろん手動です。
 一昔前の生活のように、常に手間と注意が必要になります。したがって家族全員が扱えるとは限りません。苦手な人もいるでしょう。得意な人が病気するとみんなが困ってしまいます。




薪ストーブをメインで使う場合は、いざという時のためにバックアップの暖房が必要だと思います。また、薪ストーブに代わるものとして、灯油の鋳物ストーブやペレットストーブをお使いの方もいらっしゃいます。
 以上、メリットはそのままデメリットでもあると言えます。そして、そのどちらも大きいのが薪ストーブの特徴です。それでも手間と注意を楽しめる個性と環境条件が揃えば、お勧めしたいアイテムです。
                         
                         住宅設計士 中島桂一



2017年5月30日火曜日

空間の嗜(たしな)み

殿様と雲助

 「楽あれば苦あり」ということわざは、楽な時もあれば苦しい時もあるという、「時間」軸上の苦楽の意味として使われます。しかし、古いいろはかるたの絵札には、雲助が旦那の乗ったカゴを担いでいる絵が描かれているものがあります。なるほど「どこかで楽をしている人がいればどこかで苦労している人がいる」という、「空間」上の苦楽として解釈することも可能です。
 
 「遠き慮(おもんぱかり)なければ、必ず近き憂いあり」という論語の言葉も、遠い将来のことまでよく考えて行動しないと、必ず近い将来困ることが起こる、という「時間の遠近」で使われますが、「遠き慮り」を遠い世間のことまで考えた広い視野、「近き憂い」を身近なトラブルと言う風に「空間の遠近」で解釈しても、「視野が狭いと些細なことが心配になる」というような、もっともな教訓として捉えることができると思います。
 

人生という空間

 時間と空間というのは、グラフの縦軸と横軸のように切っても切れない関係にあるように思います。森羅万象はすべて時間と空間の中にあります。私たちは「人生という時間」と共に「人生という空間」も生きているのです。
 
 慌ただしい日常の中、現代人は時間を絶えず意識しています。通勤中、仕事中、食事中、睡眠時間、見たい番組の時間、休日の外出…。時計を見なくても、あちこちから聞こえてくる音楽や機械音が発するリズムが時を刻みます。

 
 しかし、時計もなく、テレビやラジオから音楽が流れてくることも無かった時代、人々は時間とか空間という概念をはっきりと分けて意識していたでしょうか。
 太陽や月の動き、雨や風、せせらぎや波の音、人の声、鳥や虫の鳴き声…。
 あけぼの、黄昏時、夜のとばり…。
 すっかり日が暮れるまで夢中になって遊んだ子供の頃のように、むしろ時間と空間が一体となった「間」や「気配」、「雰囲気」を敏感に感じ取っていたのではないかと思います。
 

「時」は金なり 「空間」は…

 さて、現代の日常生活において、時間だけでなく、もう少し「自分が今どんな空間に身を置いているか」ということも積極的に意識してみたらどうなるでしょうか。
 
 たとえば通勤時間。満員電車や渋滞の車内で情報収集や語学学習をするのは、時間を有効に使うという点では良いアイデアですが、空間的には寂しい気がします。一方、人や自然を眺め、季節を五感で感じながら自転車で通勤する場合は、「通勤空間」が充実している感じがします。

 
 たとえば休日。私の場合、今日1日という「時間」を有意義に使おうと思うと、家の中でだらだら過ごすよりは、どこかへ出かけて、「今日も何かしたぞ」という充実感を得ようと考えます。しかし、今日という「空間」を充実させようと意識したとき、真っ先に思いつくのは身の周りを整えることです。

 
 庭の草刈り、花壇の手入れ、部屋の片付け、そして犬や猫にもブラッシング。
 気持ちもスッキリ、庭も家も生き物も、身の周りのみんなが生き生きと美しく輝きだす中、好きな音楽を聴きながら紅茶を一杯。
 ほとんど丸一日かけてようやく手にする至福のとき…。
「生きている間に、あとどれだけこの空間に浸っていられるだろうか…」。
「時は金なり 空間は幸福なり」。
 いわば「空間の嗜(たしな)み」といった趣きです。

 「慌ただしく忙しい毎日から脱出したい…」。もしかしたら「時間」よりも「空間」に、ヒントがあるかもしれませんね。
中島桂一


2016年1月30日土曜日

生活を整える

 人が何か作業をすると、材料や道具やらがあちこちに散らかって、乱雑になります。そこで、ひと区切りついたところでゴミを捨て材料や道具を元の場所に戻し、燃料を補給したり、修理や手入れをして整えます。
 毎日の家事に始まり、季節の変わり目、年末年始、人生の節目…。私たちの日常生活は「乱しては整え」の連続です。
 日常を整えておくことは、いざという時にイレギュラーが2重3重に重なり、パニックに陥るのを防ぐという意味で危機管理の基本とも言えるでしょう。

 家を新築、リフォームするのも、「生活を整える」重要な作業だと思います。
 人生の節目に、ご自身やご家族のこれからの生活を長いスパンで見据えて「整える」のです。
 最近はともすれば省エネや予算の情報ばかりが独り歩きし、住宅を建てることをまるで家電品を買うような感覚で考えるような風潮があり、危惧されます。
 もっともっといろんな夢や希望、問題点を出し合い、知恵を引き出し合って、存分に設計の打ち合わせをしましょう。

 団らんや趣味、食事や睡眠、子育て、老後、介護…。
 環境との調和、必要なスペースや空間とそのつながり、コミュニケーションとプライバシー、外装や各部屋の仕上げ材、収納や家事動線、動と静のバランス、省エネや温熱環境、スイッチ、コンセント、設備機器、予算とローン返済…。
 日常はもちろんの事、いざという時も住まいが自分や家族の味方になってくれるように、予想される様々な事態をシミュレーションし、知恵や工夫を間取りや仕様に仕組んでいきます。
 
 住宅の設計というのは、住む人がこれから生きていく上での様々な要素を整える作業、つまり、「人生を整える」大切な作業だと思います。
中島桂一

2015年7月3日金曜日

物を捨てる悩みは人類史上初?

物を捨てるというのは大変なことです。

 「戦争中の物のない時代を知っているから捨てられない」というような言葉を時々耳にしますが、高度経済成長期に育った我々の年代でも、捨てられないのは同じです。

 そもそも、生命の進化の過程で有り余るほど物が溢れていた時代があったのでしょうか。
 
 食料にしても常に足りないのが普通で、病気になるほど食べ物が溢れている環境は、ほとんど無かったことでしょう。ですから、あればあるだけ食べようとするのは生存のために必要不可欠な本能で、ダイエットで痩せるということが難しいのは当然だと思います。
 食料以外の生活物資や家財道具も同じだと思います。あればあるだけとっておく、もらえる物は何でももらっておくのが生存のためには当然正しい選択でした。

 しかし、今や増えすぎた物が限られた生活空間を埋め尽くし、人の暮らしを豊かにするはずが、かえって圧迫するようになってきました。
 せめて不要な物だけでも捨てよう。「でも壊れた物ばかりではないし、何かの時には使えそうだな~。もったいないな~。リサイクルできないかな~。色もキレイ、形もかわいい。思い出が…」。
 捨てさせまいとする側はすでに感性、感情にまで進化していて体に染みついています。
 一方、捨てる側は「不必要になった理由や理屈」を並べるのがやっと。まだ歴史が浅く、頭で考えているレベルです。これでは勝ち目はありません。
 最近、「ときめき」を基準に物を捨てるという本が流行っているそうですが、これは捨てる側も感情に訴えるという意味では、画期的な発明と言えるかもしれません。

 「物を捨てられない」のは、何億年もの進化の過程で身についたDNAのなせる仕業だと思います。
 もしかしたら、物を捨てることで悩むのは「人類史上初」ということになるんでしょうか?
中島桂一

2015年5月2日土曜日

老化への対応は早め早めに

 先月、父が81才で他界しました。10年近くにわたる介護の経験から、「どんな対応をするか」ということだけではなく「いつ対応するか」つまりタイミングが意外に重要だと思いました。
 
 医師の診断が下り、ある程度の期間にわたって介護が必要となることが予想されました。その時私が、両親の住む家を改築して「介護に適した部屋を作ろう」と提案したところ、意外にも父に「今でさえ夜中に起きてここがどこだか解らなくなることがあるのに、これから家をいじるのはよしてくれ」と言われました。
 必要に迫られてからでは時すでに遅し。頭も体ももう少し若いうちに準備しておくべきでした。
 
 それではせめて玄関の上がりかまちの段差を少なくしようと、踏み段を置いたところ、たちまち転倒してしまいました。幸い怪我はありませんでしたが、父にとっては「上がり下りのしやすさ」よりも「慣れ」の方がはるかに大きな要因だったと気付かされました。
 
 あちこちに取り付けた手摺は有効でしたが、これも時々「ここに手摺があるよ」と言ってあげないと、気付かない場合がありました。
 
 一方、早めの対応が功を奏した事もありました。
 
 介護生活が始まって間もなく、父の通院の途中で、母が運転中に事故を起こしました。幸い二人とも軽傷の自損事故で済みましたが、一つ間違えば…。私は悩んだ末に運転をやめてもらいました。
 無理をしなければまだまだ自分で運転できた母は残念そうでしたが、1年ほどすると「むしろよかった」と言ってくれました。
 
 それはバスやタクシー等を利用するにも、それなりの適応力が必要だったからです。「その気になればまだ自分でも運転できるくらいの能力があるうちでないと、新しい(?)交通手段にも対応できなかっただろう」ということです。
 
 年をとってからこれまでの習慣を変えるというのは簡単なことではありません。家の改修に限らず、専門医の選定、公共交通機関や介護サービスの利用など、「老い」への対応は、変化への適応力が残っているうちに家族で良く話し合い、早め早めに対応していくことが大切だと思いました。
中島桂一
在りし日の両親 2014年8月 群馬の森にて

2015年4月4日土曜日

住宅の「無用の用」

高校に入学して間もなく、漢文の授業で、「無用の用」という老子の言葉を習いました。
「役に立たないように見えるものが、かえって大いに役立つこと」という意味です。
 
 例えば、器といえば、陶器や木、ガラスや紙の茶碗やコップなどを思い浮かべますが、実際に食べ物や飲み物を入れるのに役立っているのは真ん中の空洞部分です。
 普段は意識することもないただの凹みが、実は大切な働きをしているということになります。
 
 住宅にも同じ事が言えます。
 通常、私たちはは柱や床、壁、天井、窓など、目に見えるものだけで住宅を捉えがちです。しかし、人はシロアリやネズミのように柱や壁の中でコソコソと暮らしているわけではありません。
 実際に私たちが暮らしているのは、柱や床壁天井、窓などで作られた空洞部分、つまり室内空間なのです。 


 我々建築業者が基礎をつくり、土台をまわして柱を立て、梁を渡して屋根を掛けているのは「何のため?」と言われれば、「空間をつくるため」に違いありません。
 
 ということは… 我々「建築屋」は「空間屋」ということになりますね。
中島桂一

2015年3月6日金曜日

水槽に学ぶ「住まいの環境」

 会社のロビーで大きな海水魚水槽を始め、11年が過ぎました。
 現在、縦横60cm、長さ1.8mの水槽で、16匹の魚とナマコ、イソギンチャク、サンゴ達が元気に育っています。
 餌やりの他に毎日バケツ2杯分の水換え、毎週休日にはガラスや浄化装置の掃除、その他人工海水を作ったり、照明や殺菌灯、ポンプのメンテナンス‥。
 コツコツと11年も続いたのは、魚やサンゴが可愛くて美しいというだけでなく、水槽の管理は家づくりと共通することが多いからです。
 中でも私が最も勉強になると感じているのは石のレイアウトです。
 

魚たちの「秘密基地」

 水中を泳ぎ回っている魚たちも、夜間や異変を感じた時は、たちまち石やサンゴの陰に隠れてしまいます。また、時として寝床となる石の窪みやトンネルの縄張争いで激しいバトルを繰り広げます。
 どうやら我々が普段、空気に棲んでいるとは意識しないように、彼らも水を意識することはなく、石や砂、サンゴに住んでいると感じているようです。
 
 そこで、それぞれ個性的な彼らがどんな「秘密基地」を必要としているのかを観察しました。
 親分肌のキイロハギには体に見合ったやや大きめの竪穴洞窟が必要なようです。
 人間のように横になって寝るナンヨウハギは体をはさんで固定する横穴のスリットが必須。
 相部屋が好きなアカネハナゴイに個室派のデバスズメダイ。ハシナガベラは…。ミナミハコフグは…。
 お客様の要望を取り入れながら家の間取りを考えるのとそっくりです。
 

退屈させない工夫

 夜、安心させるだけでなく、昼間、退屈させない工夫も重要です。
 広くて綺麗な南の海から連れてこられたのですから、せめて「ここはここで悪くないね」と思ってもらいたいものです。
 
 そこで、それぞれの「秘密基地」を利用しながら、石のレイアウトをさらに工夫します。
 回遊コースを複数想定し、くぐるところ、すり抜けるところを作ります。さらに、突っつくところ、砂を吹くところ…。寄せては返す波のようにイソギンチャクをそよがせたり…。
 水流、光の当たり方、サンゴの成長も計算に入れて石を組みます。
 
 「飼育」だけでなく「鑑賞」も大切な目的ですから、見た目にも美しく、あたかも自然による偶然の造形であるかのように…。
 まさしく建築や造園と同じ。条件が厳しいほどワクワク係数が上がります。
 

家づくりも環境づくり

 ハコフグやナマコは別として、ほとんどの魚は直接触れることができません。私にできることは、間接的に彼らの環境を整えてあげることだけです。
 でも、環境さえ良ければ、魚もサンゴも健康で生き生きとして、見た目も色鮮やかで美しいものです。石と住みかを改善したことで、魚たちの寿命は劇的に延びました。
 
 そこに住む人にとって良い環境とはどんな環境かを考え、それをどうやって作り出し、維持していくか…。
 家づくりも水槽と同じ。いゃー 勉強になります。
中島桂一

2015年1月29日木曜日

住まいづくりの「ワクワク係数」

 最近、あちこちで「ワクワク○○」という言葉を耳にします。今年の箱根駅伝で優勝した青山学院大学は、「ワクワク大作戦」を合言葉に走ったそうです。
 当社でも以前から、打合せの時にたびたび「ワクワク係数」という言葉が飛び出しています。例えば要件を満たす2つの案のどちらが良いか迷った奥様が、「こっちの方がワクワク係数が高いわね!」という具合です。

 今から25年前、建築の仕事を始めるにあたり、勉強のために北米、北欧を中心に、木造住宅をテーマにした世界一周旅行をしました。
F.L.ライト設計の落水荘 (ピッツバーグ近郊)
 カナダ、アメリカ、フィンランド各地で知人を頼ってのホームステイ。オレゴンでの寮生活。フランク・ロイド・ライト設計の「落水荘」をはじめとする有名建築家の作品群。緑豊かな住宅街もあれば、砂漠の中に突如出現する住宅団地もあり。北欧の野外博物館に建つ古いログハウス。注文住宅、建売住宅、中古住宅、オープンハウス‥。
A.ガウディ設計のカサミラにて (バルセロナ)

 帰国後、様々な住宅や生活の体験を振り返ってみた時、中でも思い出しただけでワクワクするような住宅には、共通した3つのキーワードがあると感じました。

1つは「環境」です。
 良い住まいは周囲の環境と良く馴染んでいました。それは、単なる意匠のテクニックではなく、設計段階において街並みや風景、歴史や気候風土、地形などからのアプローチが十分に練られている結果だと思われます。
 また、家の中も自然と触れ合うインテリアデザインとなっています。つまり、光や風との対話、人に優しく温もりを感じさせる内装素材、潤いを与えてくれる植栽、眺めのいい窓、暖炉など。室内空間を単なるハコではなく、人が暮らす環境として捉えていると感じました。
 さらに、土間やポーチ、デッキやパーゴラなど、「内」と「外」という異なる環境をつなぐ工夫のバリエーションも、ワクワク係数をグングン高めてくれます。

2つ目は「個性」です。
 印象的な家にはそこで暮らすクライアントの個性、すなわち住む人の「その人らしさ」が良く表れていました。
 それは間取り、色や形、材質やディテールなどに表れるその人の性格や好み、価値観や人生観であったり、都会的かカントリー調かといったライフスタイルであったり、さらにはアトリエや書斎、ジャクージーやガレージなどの趣味の空間であったりします。
 それも外から形だけを持って来て真似たのではなく、住む人自身の中から出てきたオリジナルであることに益々ワクワクします。

3つ目は「コミュニケーション」です。
 暖炉のあるリビングや暖かみのある照明計画。家族や友人でシェアできるアイランドキッチン、キッチンとダイニングの適度にオープンなつながり、ホームパーティーを意識した間取りなど、家庭内の「だんらん」と家庭を取り巻く人々の「もてなし」を上手に演出し、心と心が通い合う住まいも愛情ワクワクです。

 「環境」「個性」「コミュニケーション」。
 ワクワク係数の3つのキーワードは、国の内外、時代の新旧を問わずに共通した要素だと思います。私もこの体験を家づくりに生かしてきました。
 3つのキーワードを基本コンセプトに、さまざまな要望や提案を出し合って一緒にプランを練り上げていく過程は、それ自体がお客様にとっても、私たちにとっても実にワクワクする体験です。
 もちろん敷地や予算などの制約はありますが、人や自然を結び、住む人それぞれの「らしさ」を大切にして、出来るかぎり「ワクワク係数」の高い住まいづくりをこれからも続けていきたいと思っています。
中島桂一
AO邸(高崎市) 設計施工:中島林産(株)

2014年9月3日水曜日

暑い夏 寒い「…」

 今年も温暖化により増大したエネルギーが猛威をふるっています。
 大雪、台風、落雷、突風や竜巻、ゲリラ豪雨、土砂災害…
 尾瀬ヶ原の花粉分析などによると、8世紀半ばから13世紀末にかけても現在のように温暖だったようで、「奈良・平安・鎌倉温暖期」と呼ばれているそうです。
 
 落雷による都の大火、干ばつや大雨、洪水、疫病の流行…。
 科学などというものは無かった時代、雷ひとつとってみてもその正体も対処法も分からなかった時代、人々の恐怖や不安はいかばかりであったでしょうか。
 戦乱や頻繁な遷都、たたりや怨霊にまつわるさまざまな風評、陰陽師の台頭などに、当時の人々の気持ちが偲ばれます。

 奈良の大仏建立の背景にも、こうした社会的不安があったそうです。初代の「東大寺大仏殿」は、高さ約37m、奥行約53m、間口は現在のものより広い約86m。世界最大の木造建築物でした。


 「寝殿造り」と呼ばれる貴族の住宅も平安時代のものです。板張りの高床で衝立(ついたて)や屏風で仕切られた、吹きさらしのような造り。歴史の教科書の挿絵を見て「寒くなかったのかなー」と誰もが思ったはずです。

 14世紀の初頭に書かれた兼好法師による「徒然草」には、「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑きころわろき住居は、堪へ難き事なり。」とあります。エアコンの無い時代、近年のような猛暑が到来すれば、なにはさておき暑さ対策ということになったでしょう。

 
 しかしその頃からすでに気候は寒冷化に向かいはじめていて、やがて17世紀をピークとする「小氷期」が訪れます。兼好法師がもう少し長生きしていたら、「冬をむねとすべし」と言っていたかもしれません。そして、20世紀になるとまた温暖化に向かい、現在に至ります。
 家の造りや建築物の歴史は、その時代の気候や社会、人々の気持ちを反映し、懸命に適応しようと試みた歴史でもあったのです。

 さて、現在の住宅や建築物を見て、後の人々はどんな時代を想像するのでしょうか。

 CO2削減、大地震のリスク、気候変動、デフレ経済、緊縮財政…。「暑い夏」に「寒いフトコロ」。最近の住宅の省エネ化やローコスト化はこうした自然的、社会的環境変化への適応の現れとも言えます。

 だからといって、そのことばかりに気を取られていると、「時代に適応」するのではなく、いつしか「時代に翻弄」されているだけになってしまうかもしれません。住宅の設計で忘れてならないことは、どんな時代や環境であっても、住む人の感性や価値観、生き方を尊重し、住まいを「住む人に適応」させることだと思います。

 住まいは、なによりも住む人「あなた」自身に最もよく適応していなければならないからです。
中島桂一